今年も胃の内視鏡検査で来院

目が覚めた時、何と4時45分で、曇り日せ少し暗いものの、もう外は明るくなっていました。

今どきは日の出は4時38分になっているようです。因みに南中11時54分、日の入りは19時10分、しばらく前は7時と言えば既に夜であったはずでした。

リビングの室温は29.6度で、昨夜は熱帯夜の25度をはるかに超えていました。窓を2か所開けて、風が抜けるように、北の部屋の窓も1箇所開けました。

ゴミを捨てて戻ってくると、さほど外から空気が入ってくるのを感じませんでしたが、室温は27,8度に下がっていました。

今日の名古屋は、にわか雨、最低22度、最高24度、風速1.39m/s 、湿度89%、雨が降ったり止んだりを繰り返しています。

今日は午前中に、胃の内視鏡検査のために外出しました。

例によって、バスと地下鉄に乗って行きましたが、バスは満員で、乗車口までいっぱいです。

中年の女性が、降車口近くで小さな子供に話しかけています。「ぎゅうーぎゅうー」と女性が言い、客が降りて少しバス内が緩やかになると、雨合羽を着た小さな女の子が中年女性の足元近くから出てきました。

なぜか地下鉄も女性の姿が目立ちます。

病院へは、予約時間よりも30分前に着きました。

受付で、先日の前立腺がん検査の結果もついでに聞けるか尋ねると、胃カメラの予定時間前に可能ということで、泌尿器科の窓へ受付票を出して待ちました。

しばし待つこと数十分、胃カメラの予約時間の15分前に診察室へ入ることができました。

中でモニターの前に座っていたのは若い女医さんでした。

私前立腺がん検査のPSA値は0.15で、前立腺肥大症の薬の影響を考慮に入れても全く問題ない低い値でした。

女医さんは、立て板に水が流れるように説明してくれました。

診察室を出てから、診察ファイルを受け取り、胃カメラの受付窓口へ移動しました。

直ぐに時間がきて、廊下から中へ入ると数人が待っていました。

人間ドッグで診察用に着替えている女性もいました。

白く濁ったスポーツ飲料のようなものを渡され飲んで、待つこと十数分、のどの麻酔スプレーを看護婦にかけられました。

すらりと背の高い看護婦が、なぜかため言葉で、まるで子供に語り掛けるように説明しながら、処置室へ案内してくれました。

中へ入ると、医師の紹介があって、ここでも30代か40代の女医さんでした。

この病院は、すべて女性だけで、運用されているかのような錯覚を受けますが、遠い将来それもあり得るかと納得してしまいます。

私の居た重厚長大で時には危険で野蛮な工業の世界と較べたら、ソフトで柔和な医療の世界は女性だけであっても何ら違和感がありません。

診察台の上に横向きになって、再度麻酔スプレーをのどにかけられ、マウスピースを口にはめられました。

目を閉じてまっていると、口の中に何かが入って行く感触と、狭いのどをむりやり押し込められる痛さ、自分の体から発しているとは思われないガスが一気に抜けるような異様な音がしました。

食道から胃へ何かがうごめいているのが感じられて、SFホラー映画を思い起こさせます。

まだかまだかと待つ時間の長いこと、まるで拷問でも受けているかのようですが、これはれっきとした最先端医療です。

ようやく女医の声がして、カメラのするすると抜けていく感触にほっとします。

麻酔の効いた口腔内に違和感を感じながら、口を渡されたティッシュで拭って、大きなモニターの前で、女医さんの説明を聞きました。

軽い逆流性食道炎の痕が見られるものの、去年と大きく変わっていないようでした、少し安心しました。

但し、胃の萎縮はみられるので、胃カメラで毎年診断を受けるよう勧められました。

この辺は古くなった車と同じですが、残念ながら新しい部品と交換できるわけではないので、なるべく持つようにチェックを続け、劣化した部分は時々、薬で補修して使い続けるしかありません。

病院の会計を済ませ、出ようとすると、数人の救急隊員がストレッチャーを押して玄関から慌ただしく入ってきました。

乗せられていたのは老人のようでしたが、時として、ある人生の終末を見届けるのも、ここ病院の役割です。

生を担い、死を優しく見送るのも女性の方が相応しいのではないかと、私は思います。